りすぐだ2

更新したりしなかったりします

my moves

ダラダラしてたらパラレボCDPをクリアしてから1ヶ月以上経ってしまいました。

パラレボは僕にとって特別な曲です。今更ではありますけれども、今回ばかりは普段書かないような自分語りポエムを綴ってもいいんじゃないかなと思っています。興味のある方はお付き合い下さい。

 

今回は真面目ですよ!オナニーの話は無いからね!!マジで無いよ!!!フリじゃないからね!!!!

 

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高校2年の冬、2013年の2月にとある動画でたまたまPOSSESSIONを聞いたことがキッカケでDDRにどハマりした。世の中にはこんなにもカッコいい曲があるのかと感動し、その曲について調べる内にそれがダンスダンスレボリューションに入っている哲学とすら呼ばれる超高難易度曲だと知った。

 

当時の僕は太鼓の達人に満足し、jubeatiidxに手を出し始めていた。少しずつ好きなコナオリ曲が増えてきた時期だったこともあってDDRに馴染むのは早かった。やっぱり知ってる曲がある程度ないと音ゲーは続かない。

高校生の頃は今以上に金欠に苦しんでいたので徹底的に譜面動画を見てイメージトレーニングをしてからプレーすることが多かった。これはより少ないプレー回数で成果を出す良い方法だったので今でも続けている。そしてDDRを始めた直後によく見ていたのはPOSSESSION SP踊だった。DDRを始めた直後の初心者には少し難しい譜面だ。

SP楽はDDRを始めた翌日にあっさりクリア出来たので踊も大したことはない無いだろうと少し舐めていたが、このゲームはそこまで甘くはなかった。この辺りから体力という要素の重大さを痛感するようになり、結局SP踊をクリアするのには2週間程かかった上に曲が終わった後は息も絶え絶えになっていた。

それでも苦しんで足を動かし続けた先にある""クリア""を掴み取る喜びはこの時ハッキリと分かった。そしてこの楽しさを追い続けたいと思うようになった。やはりPOSSESSIONは偉大だ。

 

DDRを始めてからDDRの曲について色々と調べた。有名どころは一通り抑えたが、PARANOiAやMAXシリーズ、Replicant D-action曲といった象徴的なボス曲は特に印象に残った。

その中でも特に異彩を放っていたのは、やはりPARANOiA Revolutionだった。

 

当時、パラレボCDPのクリア者は世界に2人しかいなかった。次元が違う。音ゲー全体を見渡しても通常ゲージでクリアするのがここまで難しい曲は他に無い、と興奮したのを今でも覚えている。

その後、少しずつ突破者は増えていったものの哲学とパラレボCDPの間に存在する高い高い壁は素人目に見ても明らかで、その壁を自分が超えるビジョンはあまり見えていなかった。哲学を抜けるまでDDRを続けるという固い意志は既にあったものの、その後さらに先へ進み続ける意欲が残る気がしなかったのだ。

 

それでも先の先まで辿り着きたいという願望自体はあった。既に削除した高校時代のブログ(りす☆ぐだという今よりも酷い名前だった)に「生きてる内にDP足19を全部クリアします!!」と書き込んだ記憶がしっかりとある。その直後に「いやー言っちゃいました^^;」とも書いたし、その無駄な一文で堂々とした決意表明も台無しだなと今では思う。

まあなんせ自信は無くともやる気はあった訳だ。

 

そこから先はひたすら高難易度に特攻する日々だった。スコア力接続力は後からでも身につけられるとクリアにこだわり続けたが、今の自分を見たところ結果としてその思考は大幅には間違っていなかったようだ。よかった。

先述の通り譜面動画とにらめっこしてSPだと足15のヨロロを、足16の愛無双を、足17の激ポゼを、足18のヴァル激を、DPでは足15のアナフェ激を、足16のArrabbiataを、そして足17のこちらも激ポゼを、足18の合法を、それらをクリアしていくのにそう時間はかからなかった。なお、DP足17の初クリアは一見頭がおかしいように見えるがこれには激ポゼ以外のDP足17を一切触っていないから、という理由がある。この頃はまだPOSSESSIONのためにDDRをやっている、という意識が強かった。

 

SP足18を埋めていく段階に差し掛かった頃にはDDRを通じて知り合った人達の数もかなり増えていた。ゲームを通じて全くの他人と仲良くなっていく感覚は新鮮で、それでいて僕の性に合っていた。今ではどれだけの人と一緒に踏んだか数えられない程にまで交流の輪は広がった。これからもその一つ一つの出会いを噛みしめる気持ちを忘れないでいたい。

そうやって人と人との繋がりを通じて、自分の中でのDDRの価値は少しずつゲームプレーの外へも拡張されていった。DDRが完全に自分のアイデンティティに組み込まれたのもこの頃だ。

 

DDRを始めて8ヶ月ほど経った10月下旬にSP足18埋めは終わった。エクストラ専用曲だったエレクリ鬼は別として。

9月の末日にハデス鬼を倒して足18制覇!と騒いだ翌日、忘れもしない10月1日にトリジャニ鬼が追加されてそこから3週間ほどクリアできずに凹んだものだ。とんだ置き土産である。

とにかくSPのキリが良かったこともあってこの頃からDPのプレー回数が増えていった訳だ。

 

2014年3月以降は写真のデータが残っているので振り返りやすい。iTunes万歳。

 

哲学を突破したのは2014年の9月だった。

POSSESSIONに惹かれPOSSESSIONの為にDDRを始めた僕にとって、それは間違いなく1つのゴールだった。

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あの時の喜びは何にも代え難い。哲学突破と同じくらいかそれ以上に嬉しかった事はその後色々あったけれど、その一つ一つが唯一無二の大切なもので、哲学突破はその第一歩として今も僕の記憶に刻まれている。 

 

決して燃え尽きたという訳では無いのだけれど、その後はあまり調子が良くない日々が続いた。

2年近く大きな進歩が無い日々が続き、その分寺とポップンは上手くなった。この頃からパラレボCDPの攻略は始めていたし進捗が無かった訳ではないけれど、やはりクリアには程遠い。

 

そんなスランプは特にキッカケもなく唐突に終わり、2016年の夏頃からはガンガンDP足18を踏めるようになってスコアも狙えるようになってきた。

全然関係無いけどこれはその頃削除直前に一応やった栗林。

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普段マベアタは精神衛生上の理由でやらないようにしています。

 

 

そこから先のことはよく覚えていない。

カメラロールを漁ってもDDRのリザルトは少なく、他の音ゲーやったりデュエマやったり身内のオタク達と騒いだりボドゲやったりしてる画像ばかり並んでいる。普通にめちゃくちゃ楽しそうだし青春(?)を謳歌している。

画像は残っていなくともDDRを楽しむ気持ちと上手くなってイキりたい気持ち、その2つの意志を強く持って踏み続けていた。そうしたらいつの間にかオバピリCDPをクリアしていた。その後も金筐体ではしゃいでいると何故かパラレボCDPをクリアする前にDP十段に受かってしまった。思っていた程時間もかからなかったしあれは本当に嬉しい誤算だった。

 

しかしパラレボは残った。DDRというゲームのある意味ラスボスとも言えるRevolutionの名を冠するPARANOiAと真に向き合う時がとうとう来た。

 

DP十段に合格してからパラレボCDPをクリアするまでのおよそ2週間の間、パラレボ以外のことはほとんど考えられなかった。矢印の1つ1つが頭の中を駆け巡り、踏み方の効率化を考え続けざるを得なかった。

終盤の滝を超えて長いフリーズまで辿り着く回数が増えていき、近い内にクリアできるという確信はどんどん膨らんでいった。

 

そしてその時は満を持してやってきた。6月20日PARANOiA Revolution CDPをクリアした。

哲学をクリアしてから実に4年9ヶ月。6年前の自分が遠く夢見た世界にようやく辿り着いた瞬間だった。

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クリアの直後は感極まって待ち椅子に座っていたやっしゅパイセンに抱きついてしまった。普通に考えればゲーセンでいい匂いもしない汗だくの男にくっつかれていい顔をする人はほぼいないと思うが、彼はちゃんと満面の笑みで抱き返して一緒に喜んでくれたし上に貼った写真も撮ってくれた。感謝しかない。

汗を流しながら喜びを分かち合って抱き合うその姿は完全にスポーツのそれだな、と思っていたが近くを通りかかった女子高生らしき一般人はUMAか何かを見る目でこちらを見ていたので周りにはそう見えなかったらしい。無念。

 

パラレボ突破のこの上ない晴れ晴れとした気分はその日の内に轟轟轟の殿堂発表で台無しにされてしまったが、この1ヶ月をかけて少しずつ成し遂げたんだという実感は湧いてきた。

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(赤単限定でいいから轟轟轟を返して)

 

DDRを始めた頃の、クリアできる曲が増えていくのが楽しくて仕方がなかった自分に何かを伝える事が出来るとしたら何を言うだろう。

「そうだ、クリアできる曲が増えるって最高だぞ。とにかく目の前の譜面を楽しんで、そうやって進み続ければいい。その内もっと楽しくなる」

でもきっと高校生の僕なら、

「言われなくても分かってる」

なんて偉そうに言いそうだ。そう、僕の根本はあの頃から何一つ変わってない。

 

 

 

一先ず当時のDP足19は全部クリアした。僕は一つのゴールに辿り着いた。

パラレボは通過点ではなく、間違いなく到達点だ。僕の6年間の集大成だと断言していい。

 

けれどもちろんまだ終わりじゃない。この6年間の間に足19は増えた。オバピリはともかくエゴとENDYMIONを突破する道筋は今の僕にはさっぱり見えていないし、DP皆伝というヤバ過ぎる場所まで現れてしまった。

上等だ。ここまで来たからにはその世界にも辿り着いてやる。クリアする喜びをまだまだ追い求めてやる。

 

だから改めて決意表明をしよう。6年前の自分が無謀にもそうしたように、今の自分も無謀でいよう。

 

「俺は今と未来のDP足19を全部クリアする。DP皆伝も突破する。そしていつか現れる19のその先まで、老いて足が動かなくなるその時まで走り続ける」

 

 

 

 

 

 

いやー言っちゃいました^^;

 

 

 

 

 

………後が続かない。当時の自分はここからどうやって文章を組み立てたというのだろうか。当時のページが残っていない以上真相は闇の中。

 

まあとにかく今後も楽しくやってくからみんなこれからもどうぞよろしくねってことで。

 

…〆れたよね?はい、じゃあおわりおわり。

 

 

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以上、長々とした自分語りでした。

自分語りを書き起こすのってひたすらネタを詰め込んだ文章書くより難しいですね。普段は読みやすさを第一に考えて重要な部分以外をガンガン消していくんですけど、なにせ自分語りなぞ全てが重要じゃない部分なんで推敲中危うく白紙にしかけました。

 

さて、次回予告みたいなものですけど、以前言ってた「わくわくするような記事」についてはすみません、進捗が終わってるのでまだ時間かかりそうです。クオリティも壊滅しそうなんで期待せずに一旦忘れて下さい。

それとは別で8月中に出せそうな変な記事の案が一個あるんでそれも期待せずにお待ち頂ければと思います。

 

 

 

それじゃ今日は7月21日なのでオナニーして寝ます。また次の記事で。